カゲロウ日記

日々の徒然。

樹木と彼女

樹木にしか関心のない友人がいる。彼女とは地元が近く、自転車で待ち合わせしてはよく公道を当てもなく走っていたのだが、街路樹を見ては、この樹はあと2年で枯れるよ、とか、この部分は早急に接ぎ木が必要だ、などと占い師顔負けの提言をひとり行っていた。私は彼女のおかげでへぇ、とか、ふぅん、とか、ほお、とか、相槌のバラエティが増えていった。

冬になっても私たちは自転車で畑の連なる田舎道を走り続けた。冬には彼女はグレーのタートルネックに、かさ高いとどめ色のジャケットを羽織り、その上にマフラーを着用するために上半身はパンパンに膨れ上がり、下には民族柄の奇抜なロングスカートにムートンブーツを履いていた。彼女のリュックは中学の時から変わっていない。少し開いたチャックから悲鳴が聞こえている。もちろん彼女に恋人めいたものがいたことは私の知る限り一度もない。また、煙草の煙が体質的に受け付けない厄介な性質もあり、隣に喫煙者が座ると咳込んでえらいことになるので店を途中で出たこともある。

彼女の通う京都大学の研究チームが所有する森に遊びにいったこともあった。森の中で測定を続ける彼女はとてもうれしそうで、近くに座っていた私は、彼女の高い葉を見上げる姿と木漏れ日を思わずフィルムに収めた。つけていたイヤフォンから椎名林檎の幸福論が流れていた。

今年の11月に別の同級生の結婚式で彼女に会う機会があった。控室で彼女の名前を呼ぶと、生きてたんか、と呟いていつもの恨めしそうな目をしたので笑ってしまった。同級生はみな女性になっていた。医者になり同期の医者と結婚するものも、上司と不倫しているものも、悲喜交々の人生を歩んでいた。彼女ひとりが相変わらず、大勢の中で疎まれ、不思議がられ、腫物に触るようにいじられ、でも一定の存在感がある、不思議な存在のままそこにいた。

知り合いの一人が彼女に、ずっと樹の研究してて人生楽しいん、と聞いた。その裏にある好奇心や嫌味を、彼女の純真さは受け付けない。もうすぐ博士課程も終わるから樹木医になろう思てんねん、と真顔で答えた。ずっと結婚とかせえへんの、欲しい回答が出ないから質問は続く。彼女は淡々と答える、ひとりで生きていく準備はできているからね。彼女のいでたちは結婚式という和やかな場に最後までそぐわず、そこで会話は終わった。

幸せそうに笑う花嫁を見ながら、彼女は母親から借りたという窮屈そうな着物姿で拍手した後にあくびをしていた。